「なぜ鍼灸師になったんですか?」京都向日市・なかま鍼灸整骨院 院長の原点

「なぜ鍼灸師になったんですか?」

これ、患者さんから本当によく質問されます。

日本には約18,000もの職業があると言われている中で、僕がなぜ鍼灸師になったのか?
今日はその話をしていきます。

そして、その話は僕が患者さんと向き合う姿勢・一緒に問題解決していくスタンスにもつながる話ですので、どうぞお付き合いください。

目次

結論

結論から申しますと、僕が鍼灸師になった理由は

「身体の痛みや不調で悩みや困りごとを抱えている方々に、僕の治療で笑顔になっていただきたい」

からです。

患者さんによって痛みや悩み・困りごとは様々です。
皆さんの想いは一緒だと思います。
それは、一刻も早く少しでも楽になりたい。
そのお気持ち、よく分かります。

僕が鍼灸師になって一番嬉しい瞬間は、患者さんからこのように言っていただけた瞬間です。

「この鍼灸整骨院に来れて良かった!」
「先生に出逢えて良かった!」

さっきまで辛そうにしていた患者さんが、パッと花が咲いたような笑顔で言ってくれるこの一言に、鍼灸師になって本当に良かったと感じます。

「悩みを笑顔にかえる」
これが僕の使命であり、最大の喜びです。

信州の大自然に育まれた原風景

生まれは南信州・下伊那郡高森町です。
決して知名度が高くないその小さな町には、中央アルプスと南アルプスに囲まれた静かで平和で緑豊かな風景が広がっています。

祖父母は梨・桃・梅・柿など多くの果物を育てる果樹園の専業農家。父は会社員をしながら週末は農業をするいわゆる兼業農家。母は家業である農家を献身的に手伝っていました。

僕も休みの日には果樹園で農業の手伝いをすることが多く、様々な果樹や植物を見て触って、動物や昆虫の声や動きに触れてきました。

今振り返れば、その頃の色々な体験が様々なことを感じとれる豊かな五感を育ててくれたのだと思います。

父の背中を追いかけて始めたサッカー

その大自然の中で小学3年生から父の影響でサッカーを始めました。

父は会社でサッカー部を立ち上げて選手兼監督として毎週のように試合をしていました。僕もそれに付いて行くことが多く、自然とサッカーを始めていました。

毎週日曜日は1人でバスに乗り練習会場まで行きました。小学生の僕にはとても緊張感のある移動でしたが、大好きなサッカーができると思うとワクワクする楽しさの方が優っていました。

大好きなサッカーであっても、辛いことがありました。

足首の捻挫です。

まだ身体の使い方が上手ではなかった僕は時々足首の捻挫をしてしまっていました。その度にケガの治り方や身体の仕組みに興味を持ち、本で調べたりしていました。

これが僕が鍼灸師を目指すスタートラインに立った瞬間だったのかもしれません。

ゴールキーパーに立候補した理由

中学生になるとサッカー部でゴールキーパーに立候補して試合に出るようになりました。

実は最初の動機は少し不純でした。それは1つ上の学年にゴールキーパーがいなかったため、試合に出られるからでした。

しかし、やってみると、意外なほどゴールキーパーが楽しく、どんどんその魅力にハマっていくのでした。

ゴールキーパーから学んだ大切なこと

ゴールキーパーをすることで自然と学ばせてもらえることもありました。

チームの一番後ろで俯瞰して戦況を見て、その都度チームに必要な指示を出して最善のフォーメーションや攻守の策を講じていくことの面白さ・やりがいに気付いたことです。

これは今の鍼灸師としての治療にも活かせていて、痛みや症状だけにフォーカスせずに身体全体を捉えて最適な治療を選択・提案することに繋がっていると感じます。

全体を見渡し、状況を瞬時に判断し、適切な声を掛けて、最善の一手を考える。
まさに現在の僕の鍼灸師としての治療スタイルそのものです。

患者さん一人ひとりの身体を俯瞰して見て、症状に耳を傾ける。そこから総合的に判断して、今できる最善の治療を導き出して施す。

その姿勢は中学校の頃から自然と養われたものなのでした。

医師を目指したが、挫折…

どんどんと身体への興味が深まり、サッカーのゴールキーパーの俯瞰的視点に楽しさを覚えた僕は中学を卒業する頃には医師になることを夢見るようになっていました。

しかし、医学部への道はそう簡単ではなく、学力の壁は高く、分厚いものでした。

そこで通っていた英語塾の先生に「医師以外で興味を持てそうな医療の仕事はないですか?」と相談したところ

「鍼灸師っていう仕事があるよ」

と教えていただきました。

さらに、その先生が通っている鍼灸院に見学に行ったことが、まさに人生の大きな転機となりました。

実はその見学、あまり乗り気ではなかったんです。当時の僕が鍼灸院に抱いていたイメージは「薄暗く、静かで、ご年配が集まる場所」というものだったからです。

しかし、実際に訪れたその鍼灸院は――

  • 太陽の光が差し込みとても明るく
  • 地元のFMラジオが流れていて
  • 先生も患者さんも笑顔で楽しそうに治療が行われていた

それは少しマイナスなイメージを持っていたからこそ衝撃的な光景でした。

その後、僕が鍼灸師の国家資格を取得できる学校を探し始めたのは言うまでもありません。

結果的には鍼灸師が天職だった

その当時、国内では唯一の4年制大学だった明治鍼灸大学(現・明治国際医療大学)に進学します。

そこでは義務教育や一般的な学習ではなく、自分が小学生の頃から興味があった分野をたくさん学ばせてもらいました。

やはり「やらされている勉強」よりも「自ら学びたい勉強」の方が意欲的に取り組めるものですね。

それまでは机に向かっても集中できなかったり眠たくなってしまったり他のことを始めてしまったりしていましたが、鍼灸を学び始めてからは僕自身でも人が変わったかと思うほど勉強にのめり込むようになりました。

無事に鍼灸師国家資格を取得できた後は、実際に鍼灸実習や修行先の鍼灸接骨院での経験を積み上げていきました。

その経験を積む中で、鍼灸師という選択は医師への道からの挫折ではなく、まさに天職だったのだ、という確信へと変わっていきました。

医師ではなく、鍼灸師だからこそ

「患者さんの心からの声に耳を傾けて、患者さんに触れて、理想としていた寄り添う治療ができている」

充実感を味わうことができました。

挫折と思っていたけれど、実は天職を選ぶための最適解だったと感じています。

まとめ:本当にお困りの方々を助けたい

振り返れば国家資格・鍼灸師になってから27年が経ちました。

悩みや困りごとを抱えている方々を笑顔にかえることが僕の使命です。
それはずっと変わることなく貫いています。

長い間悩み続けている方。
どこへ行っても良くならない方。
本当に困っておられると思います。

ぜひ一度、僕にご相談ください。
一緒に最善の方法を探しましょう。

そのための努力を惜しまないとお約束します。

(柔道整復師・はり師・きゅう師 宮下雄輝 監修)

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この記事を書いた人

宮下 雄輝のアバター 宮下 雄輝 なかま鍼灸整骨院 院長

向日市の「なかま鍼灸整骨院」院長。はり師・きゅう師・柔道整復師の3つの国家資格を保有。延べ12万人の臨床経験に基づき、どこへ行っても治らなかった腰痛や肩こりなどの不調を根本から改善に導きます。

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